週刊「ナビィ、の部屋」第49号
(2004.05.08 日々のつぶやき)
名もしらない木々がでいごに見えた。
体育館ではうち達のために大人のスタッフが総出でご飯をこしらえてくれてた。
『ラウラウ』『ロミロミ(もみもみ)サーモン』名前忘れたけど、チキンを焼いて割いたものとアップルケーキ、
そして農場でとれたレモングラスのお茶。
ゴージャスランチ!!
の後は子供達のフラダンス
フラダンスは元々はとても神聖なもので、踊る場所に生えている葉や草を編んで身に付け、リズム楽器と歌だけで踊られる神への捧げるもの。
長い侵略の歴史の中で弾圧されながらも細々と踊られて来た『フラカヒコ』というのがそれにあたるらしいんだけど、そこでうち達が見た子供のフラは、もう少しポップというか、娯楽性の高いものの様に思えた。
でも、とにかく可愛くて、可愛くて、も〜〜〜〜〜そら、おばさんの様に写真とりまくったよ!!
(のわりには失敗だらけだった、、、だって動きが激しいんだもん、、、しょんぼり)
その後、交流会でフラを皆で習ってみたが、手の表情の美しさには圧倒されてしまったし、とてもじゃーないけど、真似できない、と思った。
美味しく、楽しく過ごして、カアラの谷にある『エリック・カアラ学習センター』に移動。
又しても陽が陰って来て寒くなって来たら、なびちゃん、またダウナ-になって来た。
よって、ここでの話しも重要な点はあまり覚えておりません。
ここを作ったエリックは、先住民のアイデンティティーを根こそぎ奪ってゆくアメリカの政策、支配の中で傷付き、ドラックに溺れ自分を見失ってゆくも、ある日自分は先住民として生きよう、と覚悟を決め、そして多くの子供達にハワイイ先住民としての誇りを持って生きれる様に、と思い、このセンターを設立した。
なぁぁんかどっかで聞いた様な話しだよ。
ネイティブアメリカン、トムも同じ様な生い立ちだったよなー
アメリカって平等でも自由でもないよね。
少なくともうちが会った二人の先住民は、差別の中で傷付いて育ってるんだもんね。
このセンターがある山の中に入るために、神様にお許しを乞う歌『E Homai(エーホーマイ)』を教えてもらって皆で歌った。
祝詞の様な不思議なうただった。
記憶が曖昧なわりには、そのセンターを囲む自然や、水の中で育ってるタロイモの葉の美しさや、エリックほかのスタッフの内面からにじみ出る美しさは鮮明に覚えてる。
彼らの言葉で『もしも100年後を想うなら子供に教育を』というのがあって、そこで言う彼らの教育っていうのは、もちろん先住民の伝統的な教えなんだけど、大地や自然を母の様に思い、そこで出来る食物を兄妹の様に思い、人間はひとりで生きてるわけではない事、感謝するべき人々、モノがある事を教えると言う事だと思う。
今ここに通う子供が、彼らのメッセージを聞き大人になり、子供を同じメッセージを持って育み、そのまた子供が、、、、とくり返されて行けば、100年後の世界はおのずと変わっているはず。
ネイティブアメリカンのトムは「七代後の事を想え」って言ってた。
この地球はうち達だけのものではないんだよね。
次の、会う事のない世代のものでもある事を忘れちゃいけないよね。
汚れて、戦争だらけの世の中を残すのか?
それとも、もっと美しい世界を残すのか?
うちはもっと元気がある時にここに来たかったし、できれば一週間くらいいたいな〜と思った。
皆はタロの水田の水草を抜いたりしてお手伝いをしていたけど、うちは寒くてがたがた震えながら、山や晴れたり曇ったりする空の表情や、遠くに見える海を見ていた
今回はじめてハワイイへ行き、とても普通の観光ではあり得ない出会いをして来た。
ハワイイは全然楽園じゃーなかった。
アメリカの支配の中で、先住民は屈辱を受け、王朝は倒され、アイデンティティーを奪われ、苦しみの中で生きざるを得なかった歴史を知った。
前[P.2/3]次
前:週刊「ナビィ、の部屋」第48号
次:週刊「ナビィ、の部屋」第50号
🏠 📧
(C)2022 寿[kotobuki]