Archive for 2009年05月

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有り難うございます〜

金曜日の『てぃーだかんかん』のライブと中野『ちむ屋』での島唄サークル『島唄クワッチー』の発表会にお越し下さった皆様方、有り難うございました〜!!

発表会は、段取り的には色々ミスもあったり、緊張の余り新曲になっちゃった部分もあったり、、、、すいませぬ、、、、、
でも、皆、この数ヶ月必死に取り組んだ分は発揮出来たのではないでしょうか?
それぞれのメンバーなりに、一歩一歩確実に進化している事がやっぱり嬉しかった夜でした。
皆様の温かい拍手が今後、皆の励みになると思いますので、今後も是非是非応援して下さいませ。


ところで、草薙剛氏が芸能活動復帰ってニュースをやっていたんだが、関係者のコメントとして報道されていた中に「今後は常識あるのある生き方をします」みたいな行があったんだけど、最近健康状態を理由に辞任した副官房長官、人妻との不倫旅行に公務用のパスを使って電車に乗って、その事がバレたら「おやじも女癖が悪かったから、その遺伝子を引き継いでる」って言った鴻池氏の方こそ、今後常識、良識のある生き方をぜひともご検討頂きたいと思うのは、わたくしだけでしょうかねぇ〜?

辞任したって、別に議員やめたわけじゃ〜ないから、また〜〜大臣とか、ほとぼり冷めたらなってるんじゃ〜ないの???
この人のお給料、うち達の税金なんだけどなぁ〜
例えばうちが社長で、この人が社員だったら、絶対クビにするけどなぁ〜
だってよ〜やってる事も言う事も、全然会社の利益になりそうじゃないもんね。

しょうもない国営漫画喫茶を作るとか、あほらしい事に税金使ってないで、もっと、教育、医療、福祉に使ってちょうだいな〜


ではでは、またや〜

   

安堵

昨日、旦那くんが実に1年と4ヶ月ぶりに自宅に戻って来た。
お昼ご飯のわずかな時間だけど、お家に旦那くんがいるという事がこんなに安堵感のあるものなのか?と自分でもびっくり。


自宅でランチした事を前の病院の理学療法のS先生(足のリハビリね)にメールをしたら、めちゃくちゃ喜んでくれた。
嬉しいな〜
彼女との出会いや日々があまりに楽しかったし、とってもお世話になり、今の施設に彼女の様にチカラになってくれる人がいないので、何か不安になったりもしたりするんだが、彼女からの返信メールを読んで何か、自分の信じている事に自信が持てる気がしたな〜
有り難や〜


自分も気を付けないと、といつも思うけど、人のチカラをどんどん倍増させる言葉と人を萎えさせる言葉とあると思うんだけど、旦那くんが急性期で生きるか死ぬかだった頃、萎えさせる言葉を沢山聞いた様に思う。
病と必死に闘う患者を救うのは、何も医者だけではなく「治って欲しい、治ると信じている」と思っている家族の力(もちろん本人の意志は絶対だけど)もあると思う。
だから、医者、看護する人、家族一丸となって、患者さんの生きたいという想いを支えましょうっていうのが本当じゃないか?と思う。


S先生は、理学療法士の観点からの厳しい意見や言葉も口にしていたけれど、何よりも『一緒に頑張って行きましょう』という想いに溢れていたと思う。
旦那くんとうちと、旦那くん母の力になりたいと思ってくれていたと思う。

S先生の返信メールにはその想いがいっぱい詰まっていて、涙が溢れた。
本当にいい出会いだったな〜と思う。

本当に有り難や〜〜

そんな人に出会えた事は、幸せな事だし、何よりも自分達が引き寄せたご縁。
そのご縁を活かせる生き方をしたいものだとしみじみ思うのでした。



(本文とはな〜んの関係もありません。宮古島で取って来たバナナ〜今が食べ頃〜)



   

悲しい

ご存知の様に、忌野清志郎氏が亡くなった。
悲しすぎる、、、、

上京して、寿[kotobuki]を始めたばかりのうちが「あぁ、こんなライブがやりたい!!これこそが求めているものやさ!!」と衝撃を受け、影響を受けたライブは2つ。
ひとつはパルコ劇場での喜納昌吉&チャンプルーズのライブ。
そして、もうひとつが八王子市民会館であったRCサクセションのライブでした。

その頃はまだ寿[kotobuki]でサックスを担当していたうちは、梅津和時さんに心ときめき、ミーツーニーニーは清志郎とチャボに心ときめき、当時のボーカリスト高村くんはもちろん清志郎に。
なんで、初期の寿[kotobuki]はRCのコピーもしていました。
今でも、この2つのライブは脳裏に焼き付いています。

いつか、お話をしてみたかった。
今の寿[kotobuki]のスタイルがあるのは、あの日のライブのお陰でもあるんです。
有り難うございます。
ご冥福をお祈りします。